はじめから存在してはならないものとして、外信に漏れないように処理をするように命ずる伊藤博文。
ファン・ウンサンを始めとする義兵の名を涙流らに声にし、高宗(コジョン:고종)に伝えるイム・グァンス。
高宗もまた涙している。
ユジンの名はそこにはない。
恐れ入ります、太皇帝陛下!と、イム・グァンス。
ステラのところへ避難したスミ。
ユジンから預かったバッグを開ける。
ノリゲや、ユジンとエシンが日本で撮影した写真などが入っていた。
涙するスミ。
イム・グァンスの手紙
ディア、カイル・ムーアー。
まず、ユージン・チョイ・ナウリの訃報をお伝えすることとなり遺憾です、朝鮮に生まれアメリカ人としての生を送った彼は、最後まで異邦人として、自分を持ったこともない朝鮮に、自分の人生の最後を埋めました・・・
故に、ナウリにお願いいたします、彼が漢城外国人墓地に眠ることのできるよう、ナウリが大韓帝国と日本側に要請していただけないでしょうか?ナウリの平安を祈り・・・朝鮮人イム・グァンス拝上。
涙ながらにその手紙を読むカイル。
イルシク&チュンシクが「して差し上げます」に戻ってくる。
そこで、ヒソンのネームボードと時計を見つける。
私は更にいこんな文を残す余地はないが、この時計をこれまでの家賃の代りにする・・・とのヒソンの手紙が添えてあった。
また仕事をなさるので?と、薬房の箪笥を持ってくる男たち。
次の男はトンメの刀を持ってくる。
ヒソンの時計は止まっていた。
白磁・唐靴・フェンシングの剣・トンメの剣も同じ場所に飾られる。
魚腥草の引き出しからマトリョーシカを見つけ・・・これはどうしてここにあるのか?と、イルシク。
それを飾るチュンシク。
あなたがこの手紙を見る頃になれば、私はおそらく朝鮮にいないでしょう・・・明日我々は、共に日本へ発つことにしました、おそらくそれが、私たちの別れでしょう・・・(マトリョーシカに手紙を入れるユジン)・・・
貴下が歩こうとする所がどこでも、私はその前に立っていたかったです・・・貴下が、私を別れの前に立たせておくと知らずに・・・(東京の写真館で二人の写真を受け取り)・・・君と歩いたすべての歩みが、私の生涯の歩みでした・・・
(受け取った写真を見ながら涙し)・・・君と共にしたすべての瞬間が、すべて遠足のようでした、あ、遠足はピクニックです、Pです・・・
回想。
釣った魚を焼いて食べている二人。
私がなんと言いました?お腹と密接だと言いませんでしたか?ここにあるのはすべて、私が捕ったのを知って食べてるんですか?と、ユージン。
ごめんなさい、私はなんにも知らなくて・・・いつもそうで、私は絵のようなもの以外は、やり方を知ってることがないの・・・と言いつつ、魚を頬張るエシン。
あ~、それでなのか、貴下は今日、釣りをしなかったんですけど、魚を捕まえずに、私の手だけ握ってたのですけどと、ユージン。
その・・・魚が英語で何なので?と、エシン。
話を変えずに・・・フィッシュ、フィッシュですと、ユージン。
ピッシュ、ピッシュなら、Pなのね?・・・私は全て早く学ぶ方でと、エシン。
Fです、フィッシュはFですと、ユージン。
片付けましょう・・・他人の家にこのように長くいるものではありません・・・私はフィッシュが言えない事情があります、もう行かなければと、エシン。
笑うユージン。
エシンも笑う。
君は相変らず、朝鮮を救っていますか?必ずそうしてください・・・コ・エシンは、本当に熱かった、そんなコ・エシンを、私は本当にたくさん愛して・・・では、Goodbye・・・と、ユジン。
2年後、満州。
太極旗が翻っている。
義兵に教練しているエシン。
早く逃げる教練を。
スミもその中にいた。
眩しい日だった、我々は皆花火だったし、皆が熱く咲き散った・・・そしてまた再び燃え上がろうとする、同志たちの残した火種で・・・私の英語はろくに伸びず、別れの挨拶は短かった・・・
さようなら、同志たち・・・独立した祖国で、See you again・・・と、エシン。
ユジンの墓碑。
(ユージン・チョイ、1863~1907、偉大で高貴な者、ここ朝鮮で、まだピクニック中)
訪れていたのは、成長したトミだった。
(お前の戦いだ、私は助けるのであって、わかったか?行こう!と、ユージン)
はい、止まらずに行きます、これは我々の戦いです、ナウリと、義兵を率いるトミ。
敬礼して去って行く。
高貴で偉大な者、ピクニックのような朝鮮で眠る
グッバイ、ミスター・サンシャイン
独立した祖国で See you again.
ミスター・サンシャイン 終幕
文責:韓国ドラマあらすじ団
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